平成の三羽烏(プロボクシング)【190,191,192】
今回のテーマは、
平成三羽烏(辰吉丈一郎、鬼塚勝也、ピューマ渡久地)。
※当初は川島郭志(ひろし)が平成三羽烏の一人に数えられていましたが、のちに辰吉丈一郎に取って代わられました。川島はWBC世界スーパーフライ級王座を6度防衛しています。
【190】辰吉丈一郎
- 大阪帝拳ジム所属。“浪速のジョー”。
- 1991年9月、グレグ・リチャードソン[米]を下し、国内最短記録(当時。現在の最短記録は井上尚弥の6戦目)となる8戦目で世界王座奪取に成功、第18代WBC世界バンタム級王者となった。(1992年9月ビクトル・ラバナレス[メキシコ]に敗れ(プロ初黒星)王座陥落)
- 1997年11月、シリモンコン・ナコントンパークビュー[タイ]を下し、第24代WBC世界バンタム級王者となった。(1998年12月、ウィラポン・ナコンルアンプロモーション[タイ]に敗れ王座陥落)
【191】鬼塚勝也
- 本名、鬼塚隆。高校生の時に協栄ボクシングジムにスカウトされた。“SPANKY(スパンキー)K”。
- 1992年4月、タノムサク・シスボーベー[タイ]を僅差の判定で下し、第5代WBA世界スーパーフライ級(当時は「ジュニアバンタム級」)王者となった。(1994年9月、李炯哲(イ・ヒョンチョル)[韓国]に敗れ(プロ初黒星)王座陥落。
- 片岡鶴太郎がマネージャーを務めた。